山上の怪

(青梅のむかし話より引用)
 成木の聖地水山の話である。
 ある日住職は、信者の依頼で不動堂で護摩を焚(た)いた。赤く燃え上がる炎の向こうに浪切白不動(なみきりしらふどう)明王のお姿が浮かびあがっている。やがて読経(どきょう)は、佳境に入った。
 と、とつぜん不動明王の安置された厨子(ずし)が、ガタガタと激しくゆれだした。信者たちは、驚き恐れてその場にひれ伏し、ひたすら手をあわせていた。
 またあるとき、庫裡(くり)の二階で村の青年団の若者数人が会合していた。すこし酒もでていい機嫌でわいわいやっていると、グワラ、グワラ……。すごい音とともに大地震のように二階がゆれだした。
 「わあっ!」
 若者たちは、おおあわてで階下にかけおりた。ところが、下の者たちは怪訝(けげん)な顔をしている。 大正時代の高水山不動堂
 「どうしただ。あに騒いでいるだよ」
 「ど、どうしたもこうしたも、今大地震みてえに……」
 「へえ、下じゃ揺れもしなけりゃ音もしねえ。静かなもんだぜ」
 「ま、まさか、あのすごい音が聞こえなかったっていうのかよ。おら、二階がつぶれるかと思ったぜ」
 若者たちの顔は、まっ青だった。
 住職がぼそりといった。
 「またか」
 「またかって、あのう、こんなことがときどきあるんですかい?」
 「ああ、あるともよ。そんなことにいちいち驚いていたら、とてもここに泊まっちゃいられないよ」
 「へえ!」
 天狗(てんぐ)のしわざか、神のいたずらか、水山には、まだ現在進行形で山の神秘(しんぴ)が存在しているらしい。

写真は大正時代の高水山不動堂

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