下名栗の笛 親笛と笛の統一について |
★(1) テンポの決定
獅子舞のテンポは、親笛の指の動きに笛方が合わせ、それを獅子やササラスリが聞いて、統一されます。
親笛は、獅子との稽古を重ねることで、獅子の狂いたい早さを会得し、本番でもそのテンポを作り出します。本番の祭礼の日、観客に囲まれると獅子の太鼓はどうしても早くなりがちです。それを最も適正なテンポにすることが、親笛に課された最大の役割です。中でもデハは早くなりますから、チラシに入ったときに、徐々に適正なテンポに整えます。
特に女獅子隠しは難しく、場面場面でテンポが大きく異なります。各場面で獅子が一番狂いやすいテンポに調整することが要求されます。
★(2) 節の変わり目の指示
節が変わるとき、笛尻を上げて指示を出します。これが以外に難しく、様々なことに頭を使っていると、この指示が出せないことがあります。例えば、ソロイの笛は3回と決まっていますが、今何回目か判らなくなってしまうことがあるわけです。
また、笛の間違いは、親笛の指示や指が間違うことによっています。最も難しいのが御幣懸りのチラシの笛です。デハが固有なこと、宮参り→御幣懸りの転換から3笛で問題のチラシに移ります。この数に神経を使っていると、チラシの始まりの指使いを忘れて、笛方が大混乱に陥ります。
私たちは最近、親笛の横の者が補佐役を務め、そうした確認をしながら間違いのないように舞を進行できるようにしています。
後ろの笛方は、親笛の指と笛を上げるのを見ていれば、節さえ覚えていれば付いて吹くことができるわけです。
★(3) 下名栗の親笛
ありがたいことに、現在の下名栗では親笛のできる者が40代以上に数名います。これらの者が交代で親笛を務めるわけです。今後、若手からも何人かは親笛が務められるように指導していきたいと思っています。
また、獅子舞歌については、大丹波では必ず3つとも歌い、高水山では1番のみ(三拍子は例外)歌います。下名栗では、進行状況その他で臨機応変に対処するようですが、その場合にも親笛が大きな役割を果たしているとのことです。加藤氏によると、
★「芝の進行状況やササラッコの疲れ具合を見計らって、謡いを全部謡うのか何番を謡うのかは、謡方の判断で決定します。いくつ謡うつもりか、1つなのか、2つなのかは、謡いに移行する直前または1つ目の謡の途中で、謡方から芝を進行する親笛に指を立てて伝えられます。特に指示がなければ3つ謡います。親笛は笛尻を上げることで全てに指示を出しています。それを見て、笛、獅子、ササラは、次が謡いなのか、最後の場面を飾る岡崎なのかを理解します。親笛の笛が上がれば、謡をもう一つ、上がらなければ岡崎です。」とのことです。
獅子舞で使う篠笛については、次のような話をうかがいました。
★ 笛の種類について
篠笛には6穴と7穴とがあり、それによって音階が異なります。指穴の位置の割り方に差があるからです。下名栗では7穴です。
また、音程はx本調子と呼ばれる笛の長さによって決まります。xには1〜12の数字が入り、数が増えるほど短くなる、つまり高い音程になります。下名栗は4本調子です。7穴4本調子ということです。
高水山の笛については、6穴であることを先日現地の父に問い合わせて確認しました。生家にある数本の獅子舞笛(漆塗りのものと篠竹の生地のもの)を、子どもの頃はよく見ていたにもかかわらず、穴の数が思い出せずにいました。実際の経験がないとどうもあやふやなところがあって困ります。 また、大丹波の笛についても高水山と同じ6穴であることを確認しました。
3カ所の獅子舞の中で、下名栗だけが7穴ということになりますが、これについても興味があります。
西洋音楽では多人数で合奏するとき、楽器のピッチ(音の高さ 周波数)を揃えることが絶対条件です。しかし、日本の獅子舞では人それぞれで持っている笛のピッチが少し違うことも多く、このために生ずる物理学で言ういわゆる「うなり」が独特の味わいにもなるのではないかと思っていたのですが、加藤氏のお話で、そういうものでもないことが分かりました。
★ 笛の統一について
伝統芸能とはいっても、笛吹は耳の良い人が多く、多少のピッチのずれにも敏感です。和楽器一般に言えることですが、楽器の音程は奏者がかなりの幅で調整できます。篠笛も同じです。下名栗の場合は、基本的には親笛のピッチに合わせます。初心者も3年目位からは合わせることができるようになります。
また、同じ7穴4本調子でも、笛の作り手によって微妙に長さと指穴の位置の取り方が異なっていて、作り手の違う笛が混在すると、音程を合わせることが困難になります。そこでご指摘のうなりが起こります。これについて「味わい深い」という評価もあるかとは思います。
しかし、私たちは「味」とは捉えていません。音程が合わないと音が共鳴せず、庭場に音が響かず、獅子やササラスリ、そして観客にも笛が聞こえなくなってしまうからです。
そこで私たちの場合は、同じ作り手の笛を使っています。新人が入るたびに浅草の決まった祭道具屋に買いに行きます。その上で、個々人も音程を合わせるよう心がけています。多くの笛の音程がそろい共鳴した笛の音は、マイクを使わなくても庭場に響き渡ります。電気的な処理をしなくても済むことで、観客には伝統的な音空間を提供できると思っています。そのため経験者を前に集めて、音程の揃った音が固まるような笛方の配置もしています。
話をうかがうまでは、笛は舞いよりも簡単なものと思っていましたが、芝全体を統括する重要な役割も持った大変な仕事であることが分かりました。本来ならば、加藤氏の話を私自身が消化し自分の言葉で書かなければならないのですが、経験がない私が書いても本物の言葉とならず、そのまま引用させていただきました。ご了承下さい。